新米クラシックファンがしてはいけない3つの行為

「最近、クラシック音楽を聴くことが趣味になった」という方へお伝えしたいことがあります。
それは、新米クラシックファンがしてはいけない3つの行為です。
この行為をしているとクラシック音楽をこの先楽しめなくなるので、注意してください。

1.知識をひけらかすのはダメ

クラシックファンになれば当然、同じ分野のファンと遭遇することがあります。その時に、知識をひけらかしてはいけません。
相手の知識がどれほどあるかわからないのに、自分を大きく見せようとして、確証や確信のない知識を披露してはいけないのです。
なぜならば、あなたが赤っ恥をかくからです。
知っていますか?自分の知識の浅さを指摘された時の恥ずかしさといったらありません。冷や汗というのは本当に存在します。比喩ではないのです。
穴があったら入りたいクラスの赤っ恥をかかされます。
でも、それは相手が悪いわけではありません。あなたが悪いのです。
この世界はどうも勉強家が多くて、演奏会の前は譜読みなり予習なりを平然としてきます。
作曲家の知識もあれば楽曲の知識もある。そんな勉強家がウジャウジャいるイメージを持ってみてください。
おいそれと、軽はずみな発言はできなくなるでしょう?
中には、音楽評論家として飯を食っているレベルの人でさえ、「初対面のクラシックファンとは慎重に話をする」という方すらいるのですよ?
それだけ、勉強家が多い世界なのです。
ゆえに、あなたが対面であれネットであれ浅はかな知識を披露することはやめてください。
とにかく、背伸びをした知識のひけらかしだけは避けるようにしてください。
「あっ、自分いま背伸びしてるな」と思ったら止めることです。

2.苦手だと決めつけてはダメ

「この曲は苦手」「この作曲家は苦手」などと思うことがあります。
ですが、最初のうちは苦手だと決めつけないほうが良いです。
と、いうのも、周りの話を聞いていても、意外に「そのうち好きになった」というケースをよく聞くからです。
長所と短所が表裏一体のように、好きと嫌いも近い関係にあるのでしょう。
年月が経って好きになったり、何度も聞いているうちに好きになったりしてきます。
これは私が思うに、「人は楽曲に現在の自分の心情を投影するから、人生の時期によって楽曲への評価も変わってくる」説と、「嫌いだったはずなのに、長所を見つけて理解できた途端に、短所への意識が薄らいだ」説があるためと思われます。
悲しいときは悲壮感漂う曲に共感し、楽しいときは愉快な曲に共感するものです。あるあるネタですよね。
また、仲の良い上の階の子どもの足音はさほど気にならないが、見ず知らずの子どもの足音には怒りが沸くというケースのように、長所に共感できた楽曲や作曲家へは愛着がわくものです。そうすると、短所が霞んで見えてきますから、評価も変わってきます。
このように、最初の段階では苦手な曲や苦手なジャンル、苦手な作曲家などは持たないようにしましょう。
音楽の友誌の定番アンケートで「嫌いな作曲家ランキング」がありますが、あれははっきり言って廃止すべき項目です。
あんなことをやっていては、「自分はこの作曲家が嫌いに違いない」という強迫観念が強化されて、ますます音楽の多様性を見ようとしないファンを増やすだけです。
そうではなく、最初は色々聞いて、長所を探すことです。
いろいろな人生の場面でいろいろな曲を聴いていろいろと長所を探すのです。
この作業をしていると、あなたの守備範囲はどんどん広くなっていきます。
そうすると、クラシック音楽を聴くということに飽きが来なくなります。
楽曲も作曲家も無数にいますからね。
どんどん積極的に曲を聴くようになりますし、いろいろな曲や作曲の背景などを知って、ますますクラシック音楽が好きになっていきます。
クラシック音楽を愉しむためには、苦手の決めつけを止めることが重要なのです。

3.会場でのルール違反はダメ

最初の頃は「CDを聴いてから、そのうち演奏会に行きたくなる」というパターンが多いと思いますが、初めて行くにあたって色々と不安に思うこともあると思います。
その最たるものはマナーやしきたりでしょう。
ですが、基本的には常識的なマナーを守ってもらえればOKなのです。
そういう意味で、真面目な性格の人は大丈夫だと思います。
ただし、世間一般的に知られていない会場でのマナーがあります。
それが「余韻を壊さない」ことです。
大きな雑音を発生させるだとか、無断で撮影するだとかは誰が考えても論外ですが、余韻を大切にしなければいけないことへの理解は進んでいません。
ここに、ありがちな余韻破壊行為を挙げておきたいと思います。

フライング拍手

「自分はこの楽曲の知識を持っているんだぞ」とアピールするために、演奏終了直後にフライングして拍手する人がいます。
フライング拍手(略して「フラ拍」)で静寂を破ることにより、楽曲のエンディングを知っているということをアピールできるからでしょう。
しかし、間を置かないフラ拍は余韻を味わうことを邪魔されるため、多くの聴衆の気に障ります。
フラ拍をされた瞬間、心の中で舌打ちをしている音楽ファンも多いのです。

フライングブラボー

フラ拍と同様ですが、こちらはもっとタチが悪い。
フラブラは声に出すので、演奏に酔いしれていても叩き起こされるわけです。
「せっかく良い気分だったのに台無しだ!」と怒り心頭になります。
うまいブラボーなんて、一呼吸おいて独り言のように発することが多いですからね。
「味のあるブラボーだな」と思ったりします。
例外的に、フランクな公演や超名演だった場合は、フライングが起きても良いと言えるでしょう。
しかし9割超の公演では当てはまらないのですから、こういう主旨の反論をする人は空虚な論理だなと思ってしまいます。

ロングブラボー

ロンブラはとにかく伸ばすのです。
「ブラ〜〜〜〜〜〜〜〜ボ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」みたいな感じで。
なぜこんなことをするかというと、自分の存在を示したいからです。
端的に録音されているときはそうです。
後で聞いて「これは自分の声だ(ニヤリ」と確認できるわけですから。
本当に害でしかありません。

捏造ブラボー

これは私の定義ですが、捏造ブラボーもあります。
その出演者の身内・知人が、まったく演奏内容が良くなくても「ブラボー」を連発する、まさに聴衆の意に反した捏造ブラボーがあるのです。
捏造ブラボーかどうかはすぐにわかります。
特定の人だけがブラボーと叫び続け、あとの人はシーンと静まり返る。拍手も熱狂的ではなく、会場全体に熱は無いというのにブラボーを連発します。
身内だけならともかく、公的な公演でそれをやられるとシラケます。
ちやほやしたところで本人のためにはならないのですから、捏造ブラボーはやめてほしいものです。

このように、数多くの余韻破壊行為があるわけですが、迷ったら(というか通常は)周りに従えば良いのです。
ただそれだけです。
周りが拍手したら自分も拍手する。それだけのことです。
変にアピールしようとするから問題は起こるのです。
マナーを守って、楽しい音楽ライフを送ってください。

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