オーケストラの経営難と経営破綻を回避する方法

フィラデルフィア管弦楽団の経営破綻、神奈川フィルや日本フィルの解散危機など、安泰ではないオーケストラの楽団経営。その経営難を防ぐためのマーケティング手法を割とマジメに考えました。

利益が出ない収益構造

オーケストラの経営といえば、演奏会(コンサート)での事業収益を思い浮かべる人が多いと思います。

そのため、「じゃあ、演奏会に人を呼べば?」と多くの人が考えるのですが、演奏会で黒字を確保することはとても難しいことなのです。

そもそも、出演者と聴衆の比率上、採算が合わない…。

何万人を集客する歌手のコンサートですら利益が出ないと言われている(=故にグッズの収入で稼ぐ)のに、約100人の演奏家と約2000人の聴衆で収益を図ることは困難です。

しかも、そこにホール代や広告宣伝費などの諸経費もかかってくるわけですから、必然的に赤字になるのです。

「じゃあ、値上げしろよ」と言う人もいるでしょう。

しかし、値上げすれば、多くの国民に音楽を届けられなくなり、かつ、集客数は減るでしょう。

オーケストラの社会的責任や経営上の観点から、現実的にそれは難しい。

「では、経費を削減すれば?」という声はどうでしょうか。

しかし、現時点で経費は十分削減できている、というのが私の感想です。

高度な専門性とこれまでの教育費を考えれば、人件費はすでに低い状況(※1)ですし、それは裏方も同様です。

このように、オーケストラの楽団経営は、最初から負けが決まっている不利な争いのようなものなのです。

どれだけ優秀なマーケッターがアドバイスしようとも、そもそも収益構造上、赤字が出る性質を持っているのですから、一般的な営利事業の概念で語っても、意味がないのです。

オーケストラの経営が成り立っている要因

では、なぜ、オーケストラの経営は成り立っているのでしょうか。

それは、助成金や寄付金、依頼公演に支えられているからです。

これがあるおかげで、オーケストラは成り立っています。

利益を出すことが困難な事業を展開しているわけですから、公益法人として活動し、助成や寄付で支えてもらおう、という戦略なわけです。

特にヨーロッパは行政からの助成金で、アメリカは民間からの寄付で成り立っていると言われています。

一方で日本は、そのどちらも不十分です。

行政からの支援は大阪のように、政治家の無理解により削減され、寄付制度の充実や寄付文化の定着が待たれる我が国においては、寄付金による収益も少ないのが実情です。

そんな中でも日本のオーケストラは経営を成り立たせているわけですから、私はどちらかといえば、今日の楽団経営の努力を評価すべきだと思います。

これからのオーケストラ経営に求められること

さて、ちょっと愚痴っぽくなりましたが、翻って、これからのオーケストラ経営には何が求められるか、あるいは何をすべきかを考えてみたいと思います。

2012年に、サンフランシスコ交響楽団の取り組みを紹介した良書(※2)がありましたが、こういった書籍を見れば現場の方も思うところがあるでしょう。

徹底的な地域密着による顧客の囲い込み、新規顧客を獲得するための新しいアプローチ…。

ただ、私が提案したいのは、既存顧客の重視です。

多額のマーケティング費用を注ぎ込んで、新規顧客の開拓をできるオーケストラは、そうそうありません。

ですから、現実的には小予算で経営基盤を磐石にする手法が求められるのです。

そのためには、新規の客を追いかけるのではなく、既存の客にさらにお金を出してもらう戦略に切り替えることが一番だと思います。

ビジネスの世界でよく言われるのは、新規の客を捕まえるのはとてもお金がかかるということです。

利益を上げている会社ですら、初回購入額でマーケティング費用を回収できない事例は沢山あります。

ではどうしているかというと、2回目以降の消費行動で利益を確保しているのです。

故に、お金のかかる新規聴衆の開拓をするのではなく、すでに演奏会に聴きに来たことのある聴衆にさらに支出してもらい、余計なマーケティング費用を出さない戦略をオススメしたいわけです。

小予算で顧客一人当たりの購入額や寄付金額を上げ、余裕が出たら新規顧客を開拓する。新規の顧客が育ち、利益に貢献してくれる。そしたらまた新規顧客を開拓し、その顧客が育ち…という流れに持って行きたいわけです。

既存客にさらに支出してもらう方法

雑誌『音楽の友』の特集(※3)で、「年間にどれぐらいコンサートに行きますか?」というアンケート項目がありますが、それを見ると、0〜5回の人で28%にも及びます。年間50回以上行っているヘビーユーザーはたったの8%です。

ここで狙うべきなのが、開拓に苦労する0〜5回の聴衆でもなく、年間50回以上のコンサートゴアーでもなく、それ以外の年6〜49回ぐらいの中間層です。割合としては64%もいますので、ニッチすぎるということもありません。この一定の支出を現時点でしてくれている層に対して、定期会員になってもらったり寄付会員になってもらったりするわけです。

では、具体的にはどうすれば良いのでしょうか?

まず考えて欲しいのは、一般的な消費行動の流れです。

  • 試しに聴きに行く
  • 気に入ったので何回か聴きに行く
  • さらに気に入ったので定期会員になる
  • 定期会員になると楽団への愛着が湧くので寄付したくなる

こんな感じだと思います。

いきなり寄付してくれる人はまずいないでしょう。

そう考えると、先に示した4つの段階を着実にステップアップしてもらえるような制度設計をすれば良いのです。

思えば私も、このようなステップを歩みました。

まず興味本位でいくつかのオケを聴きに行く。それから比較検討して、定期会員になりたいオケを絞って頻繁に行く。そして定期会員になりたいオケを決定する。しばらくするとその楽団に愛着が湧いてくるので、少額の寄付をする。しかし、もっと貢献したいので、それなりの金額を寄付する…。

こういう流れでした。

ですから、オーケストラの経営においては、この4段階を意識したマーケティング活動をされることを私としては提案したいわけです。

小予算マーケティング

オーケストラのマーケティングといえば、チラシを配ったり広告を出したりするパターンがほとんどです。

ところが、弱小オケではそれすら困難です。

最初に書いたように、演奏会では利益が出ないのですから、「なんで赤字を垂れ流さなくちゃいけないのか?」という話になると思います。

しかし、何もやらないわけにはいきません…。

そこでオススメするのが、小予算マーケティングです。

小予算マーケティングでは、基本的にインターネットを用います。

新聞に広告を出して年間プログラムを郵送するよりも、PPC広告でメルマガに誘導する方がよほどコストは安く済むからです。

ただし、この方法には問題点もあります。

それは、主要な顧客である高齢者層を逃す可能性が高まるということです。

インターネットは若者だけのものではありませんが、若い人が集まる傾向にあるのは否めません。

ですが、考えようによっては、これは長所かもしれません。

定期会員の若返りを図りたいオケほど、ユース割引(25歳以下の割引)などの制度を導入していますが、単純な話、若者の生活圏の中に飛び込む方が、もっと効果は上がるわけですから。

その方法として、インターネットを用いた小予算マーケティングがあるわけです。

楽団の方向性を打ち出す

マーケティングの話をする前に、確認しておきたいことがあります。それが、楽団の方向性です。

今流行りなのは地域性への特化ですよね。

私が群馬在住のクラシックファンなら、多少の不満があっても群響を聴きに行くでしょうし、私が東京の墨田区民なら、やはり新日本フィルを聴きに行くでしょう。

地域に特化するというのは、一つのやり方として良いです。

では、強豪ひしめく東京や大阪のオケが地域性以外の独自色を出すとしたら、どうすればよいでしょうか?

実は、地域性以外にも、独自色を出すことはできます。

それが「商品特化」と「顧客特化」です。

これらの特化事項を楽団経営に当てはめると、特定の時代・地域の作曲家や特定の分野に強いという一面を前面に出すということです。

「うちは伝統的にロシア音楽を得意にしている」とか「バレエ演奏なら我々が一番」などと密かに思っているのであれば、間接的な証拠・歴史を添えて、前面に出すべきです。

そうすれば、ロシア音楽が好きな人やバレエ音楽が好きな人は確実に引き寄せられるのですから。

でも「そんなことしたら、他の音楽ファンを逃してしまうのじゃないか?」という疑問もあるでしょう。

その点は心配いりません。

仮にバレエ音楽に特化したところで、定期演奏会のプログラムがバレエ音楽ばかりになるわけではありませんから、今まで聴きに来ていた聴衆が、極端に減ることは考えにくいのです。

また、天下のN響と同じような楽団の方向性を打ち出したところで負けるのは関の山なのですから、「小さな市場を確実に取る」ということを意識してください。

それで、確実に取れたら次の市場を狙いに行けば良いのです。そうしてコツコツと市場を制覇していき、やがて大きなポジションを得るのです。このような経営手法をランチェスター戦略といいます。

基本的には、2つの要素(地域特化と商品・顧客特化)で成り立たせるのが良いと思います。

「日本の楽団でバレエ演奏といえば〜フィル!」とか「東京の楽団でロシア音楽といえば〜響!」という感じです。

ここを突破口に、ファンの拡大を図っていくのです。

小予算でアピールする

さて、楽団の方向性(アピールポイント)が決まったら、そのファン層へアピールしていきます。

いろいろな方法がありますので、今回は骨子を示したいと思います。

大切なのは、リストを集めて育てることです。

ここは外さないでください。

広告などを通じて集めるというのは多くの人が考えますが、その後に単純接触回数を増やし、ファンになるようなコンテンツを提供していくという過程が重要なのです。

例えば、定期会員に対してのニュースレターや交流プログラムを通じた定期的な接触です。ほとんどのオケは年に数えるほどしか接触しません。これは非常にもったいないといえるでしょう。

ファンになるということは、感情面で勝手に贔屓するということです。その引き金はいろいろありますが、少なくとも言えることは、人柄や価値観などの感情を何度も見込み客にぶつけることによって、それに呼応する人が増えていくということです。

多くのオケが、この作業を怠っています。

以上をまとめるとこんな感じです。

  1. 優位な楽団の方向性を打ち出すことによって、一見さんを確保する
  2. その聴衆に対して、今まで通り定期会員の募集をかける
  3. 定期会員に対して、単純接触回数を増やし、少額の寄付会員へ誘導する
  4. 寄付会員への接触回数も増やし、寄付金額の増額を誘導する

わかりやすく書けばこういうことです。

定期的に接触して情報を提供し続けると、人はただでさえ愛着を持ちます。

そして、なんらかの引き金をきっかけに、人はそのオケのファンとなるのです。

この仮説は、マーケティングの世界の常識をオーケストラの世界に当てはめて書いてみたものです。

ただし、現時点では仮説です。まだ実践しているオケは見当たりません。

ピンときた楽団は、ぜひ、やってみてください。

もちろん、小予算で済むものの、その一方で時間がかかるという短所もあります。

ですが、やってみることが大切です。

幸い、小予算ですから、仮に失敗したとしても浅い傷で済みます。

助成金や依頼公演を増やすというのは自主努力では難しいですが、個人・法人の寄付金を増やすということなら、まだコントロールが及びます。

オーケストラの経営難と経営破綻を回避する方法、すなわち寄付会員の増加と寄付金額の増加を目指してみましょう。

音楽ファンがウキウキするようなマーケティング活動と楽団経営を各オケにやってもらえればと思います。

参考文献

  1. 大木裕子『オーケストラの経営学』東洋経済新報社(2008年)
  2. 潮博恵『オーケストラは未来をつくる』アルテスパブリッシング(2012年)
  3. 音楽之友社『音楽の友 第72巻第4号』(2014年)

関連キーワード

人気記事10件

最新の記事5件