モーツァルトとサリエリはライバルではない

モーツァルトとサリエリはライバルだった!?いいえ、当時の状況からしてみて、それは違うでしょう。

モーツァルトとサリエリの関係性

この文章のタイトルが「モーツァルトとサリエリはライバルではない」になっていますが、もちろん、サリエリなんてモーツァルトには及ばないという意味ではありません。むしろ逆です。当時のモーツァルトなんてサリエリには及ばない、ということです。

サリエリはモーツァルトよりも、高い地位にあり、高い人気を誇っていました。例え話として、「モーツァルトがサリエリを毒殺した、ということならわかる」という冗談もありますが、それは当時の状況を思えば、当然のことです。

現に、サリエリ側からモーツァルト側へ嫌がらせをしたとする信用に値する根拠はありませんし、サリエリ自身もモーツァルト作品を褒めることはあっても、貶すことなどありませんでした。

モーツァルト父子の根拠のないサリエリ陰謀説は、前後の脈略から見ても、一方的な逆恨みとしか言いようがありません。にもかかわらず、サリエリとモーツァルトはライバルだったとする見解を持つ人がいるようです。

いい加減なマス・メディア

「オフェリアの健康回復に寄せて」という共同作品の楽譜がチェコの国立博物館で見つかったとする記事では、ロイター通信が調査担当者の言葉を次のように引用しています。

「映画『アマデウス』で描かれたことは誤りだった。サリエリはモーツァルトを毒殺していない。ただ、2人ともウィーンで活動し、ライバルだった」

今日のクラシック音楽界において、サリエリのモーツァルト毒殺説を否定することは当たり前ですが、やはり、ライバル関係だったとするのは、いささか、モーツァルトの視点ではないでしょうか。

少なくとも、当時の状況からして、サリエリがモーツァルトをライバル視していたかといえば、それは疑問符がつくでしょう。

また、同じ話題を提供していた時事通信の記事はもっとお粗末で、タイトルが『「対立関係」のサリエリと共作=モーツァルト、楽譜見つかる』で、まるで両者が争っていたかのようですが、先に説明した通り、サリエリ側はいたって平穏なわけですから、対立関係にはありません。

また、同記事では『2人はサリエリによるモーツァルト毒殺説がうわさされるなど、対立関係が注目されてきただけに、新たな一面を伝える発見と言えそうだ。』と伝えていますが、毒殺説の可能性があるニュアンスを含んで報道している時点で、良識ある音楽評論家にアプローチしなかったのでしょう。本当に残念な記事で、サリエリへの風評被害が著しいと思ってしまいました。

サリエリへの不当な評価

一般の人は「サリエリって誰?」という評価になるわけですが、当時の評価は違ったわけです。例えば、1781年〜1791年にウィーンの宮廷劇場で上演された作曲家で、最も多かったのがパイジェロ。2位がサリエリ。そして7位がモーツァルトでした。

サリエリは人気も地位もあったわけですから、モーツァルトを恨む理由がないのです。にもかかわらず、サリエリがモーツァルトの出世を阻み、毒殺してしまったのだ、とする誤った噂を流されてしまいました。

また、サリエリは、ベートーヴェンやフランツ・リスト、シューベルトなどを指導した名教育家としても知られていますが、このような能力を踏まえても、「サリエリには音楽の才能がなかった」とするのは、現在の評価に基づく一方的な見解です。

当時は、サリエリ作品は繰り返し上演され、のちに名作曲家となる卵を育て上げたわけですから、「知らない作曲家だから、才能がなかったのだろう」は、あまりにも不公平な見方です。

私たちはもう少し当時の状況に目を配り、サリエリの風評被害の軽減や再評価をすべきではないでしょうか。

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